中国「資金洗浄防止法」の改正
中国では,マネーロンダリング及びテロ活動や犯罪活動に対する資金供与の防止を目的とする「資金洗浄防止法」が2007年1月1日に施行され,既に17年が経過している。この間金融市場のグローバル化や金融機関以外の者が提供する決済手段の発展に伴い,犯罪手段も多様化してきた。また,2019年4月にFATF (Financial Action Task Force)が発表した中国に関する Mutual Evaluation Report※1では,FATFによる40の勧告の遵守状況や中国の制度を分析した上で①罰則強化の必要性②特定の非金融機関に対する法監督の欠如,③特定の非金融機関の資金洗浄リスクや義務に対する認識不足,④実質的支配者情報の透明性の欠如などが指摘され,法制度を強化すべきとの勧告があった。
このような背景のもとで,中国人民銀行(以下「PBC」という。)と全国人民代表大会常務委員会は,2024年4月26日と同年9月13日,二回にわたってパブリックコメント募集を行い,同年11月8日に,「資金洗浄防止法」の改正法(以下「改正法」という。)を公布した。改正法の施行日は2025年1月1日である。改正法は,条数の増加(全37条から全65条),資金洗浄防止義務の主体拡大,義務内容の具体化,国際協力の強化など大幅な修正を行っている。
本稿では,改正法の特に重要と思われる修正ポイントを簡単に紹介する。なお,特に表記しない場合,引用条文は改正法の当該条文を指すものとする。
■「資金洗浄防止」定義拡大
改正法では,「資金洗浄防止」とは,①薬物犯罪,②反社会的勢力による組織犯罪,③テロ活動犯罪,④密輸犯罪,⑤汚職贿賂犯罪,⑥金融管理秩序破壊犯罪,⑦金融詐欺犯罪とその他犯罪による所得と収益の出所及び性質を,各種の方法を通じて偽り,隠ペいすることを防止するために行われる措置をいうものとされている。
また,改正法は,テロリズムの融資活動を抑止するためにも適用されることを追記した(第2条)。
改正前は,適用対象が①ないし⑦に限定されていたが,改正法は,FATFによる40の勧告※2に記載された反マネーロンダリングの内容を参照し,適用範囲を拡大した。これにより,例えば,電子通信詐欺や脱税などの犯罪により得た収益の出所を隠蔽する行為がマネーロンダリングの範囲に該当することになり,金融機関はかかる行為に対して改正法に基づき審査・確認を行うことが義務付けられる。
■資金洗浄防止義務を負う主体の拡大
改正法では,中国内に設立された金融機関及び特定非金融機関に,マネーロンダリングの予防・監督管理の措置を講じることを義務付けており,それぞれの業務も明確にしている(第6条,第63条,第64条)。すなわち,金融機構には,①銀行業・証券ファンド先物業・保険業・信託業を担う金融機関②非銀行決済機構(銀聯,Alipayなど),③中国人民銀行が確定し公布するその他金融業務に従事する機関が含まれる。特定非金融機関には,①不動産の販売・仲介業,②クライアントの依頼を受けて行う不動産売買業務,資金・証券その他資産の管理業務,銀行口座・証券口座のエスクロー業務,会社の設立・運営のために行う資金調達業務及び経営性事業体の売買業務に従事する会計事務所,法律事務所,公証機関,③規定された金額を上回る※3貴金属・宝石の現物取引を行う業者,④PBCと国務院関連部門が資金洗浄リスク状況に基づき確定するその他機関が含まれる。
■資金洗浄防止の義務内容の具体化
改正法は,金融機関による資金洗浄防止の具体的な措置として,①資金洗浄防止の内部統制制度の構築,②顧客へのデューディリジェンス③顧客身元証明資料と取引記録の保存,④大口取引及び疑わしい取引の報告,⑤資金洗浄防止特別予防措置を定めており,かかる義務を履行しない場合の罰則も詳細に規定されている(第6条,第三章,第六章)。
上記義務は,従来の法令などに規制されているものの※4,改正法では,Mutual Evaluation Reportで勧告された点を踏まえ,以下のような義務を追加している。
1.顧客へのデューディリジェンス義務
改正前は,顧客に対する本人確認義務に留まっていたが,監督管理機関が公布した法令には,受益所有者※5の身元確認,取引目的の確認などが定められていた※6。改正法は,上記法令の内容を盛り込み,金融機関は以下のいずれかの場合に,デューディリジェンスを行う必要があるものとした。
a)新規顧客の業務又は一定金額を上回る単回の金融業務を行うとき
b)合理的な理由により,顧客及びその取引に資金洗浄活動の疑いがあるとき
c)過去に入手した顧客身元に関する資料の真偽,有効性,完全性に疑問が生じたとき
一方で,金融機関は,顧客に対するデューディリジェンスを,顧客の特徴と取引活動の性質,リスク状況に基づき行い、リスク低いものについては簡素化したデューディリジェンスを行うものとされている(第29条)。
2.受益所有者情報管理制度
改正法は,PBCと国務院関連部門が共同して法人・非法人組織の受益所有者情報管理制度を構築するものとした(第19条)。
なお,会社設立,持分譲渡時には,登記機関に受益所有者情報を申告・更新する義務があるものの,これを息った場合の罰則はない。そのため,受益所有者の情報が実情に合致していない可能性もある。改正法は,受益所有者の申告・更新を息った場合の登記機関による是正命令,罰金などの処罰を規定した※7。
■おわりに
改正法では,本稿で触れた以外にも,資金洗浄防止の監督管理による調査,個人情報とデー夕保護等が定められている。改正法の施行により,今後,中国の金融市場におけるコンプライアンス・ガバナンスが強化されることが期待される。
※1 f atf-gafi.org/content/dam/fatf-gafi/mer/MER-China-2019.pdf。
※2 国際通貨基金(IMF)及び世界銀行によって,40の勧告が資金洗浄対策及びテロ資金対策の国際基準として認定されているhttps://www.fsa.go.jp/news/newsj/16/f-20040916-2/siryou/654-670.pdf。
※3 1日の取引額が現金5万人民元又は1万米ドルに相当する外貨を上回る場合,貴金属取引業者は資金洗浄観測センターに大口取引の報告義務がある。
http://www.pbc.gov.cn/zhengwugongkai/4081330/4406346/4693545/4767902/index.html。
※4 例えば,「金融機関の大口取引及び疑わしい取引に関する報告管理弁法」(人民銀行令[2018]第2号),「銀行業金融機関資金洗浄防止及びテロ資金供与対策管理弁法」(銀保監会令[2019]第1号)などがある。。
※5 受益所有者とは,法人・非法人組織を最終的に保有若しくは実際にコントロールしている自然人又は最終収益を享受する自然人を指す。
※6 「金融機関のデューディリジェンス及び顧客身分資料ならびに取引記録保存管理弁法」(PBC,銀保監会証監会令[2022]第1号)。
※7 前注1のFATF レポートでは,中国の「透明性と実質支配者」(リスク事項24,25)の評価結果は NON-Compliant(不適合)となっていた。これを受けて,PBCは「受益所有者情報管理弁法」を公布した。すべての事業体は,企業情報登録システムに受益所有者情報を届け出る義務があり,かかる情報がPBC にフィードバックされるものとされている。