中国における植物品種の管理及び品種権の保護
中国は、1999年4月23日に「植物の新品種の保護に関する国際条約」(UPOV条約)※1に加入し、国内外からの植物新品種権の出願受理を開始した。植物新品種権(以下「品種権」という)は知的財産権の一つであり、品種権が登録されると、育成者に一定期間の独占権(育成者権)が付与される。第三者は、育成者の許諾を得なければ、新品種の繁殖材の生産、繁殖又は販売のほか、新品種の繁殖材を他の品種の繁殖材の生産において商業目的で反複利用することはできない※2。このように、中国でも品種権は保護されているものの、知的財産権の属地主義という特性から、外国で品種権を取得しても、中国で品種登録されなければ中国内で権利行使はできない。
また、品種権保護のほかに、中国は植物品種について法律に基づく管理を行っており、日本を含む外国の権利者も、中国の法制度を把握しておくことは有益と考えられる。そこで、本稿では、中国における植物品種の管理、品種権の取得、権利行使の概要を簡単に紹介する。
□ 植物品種の管理体制
中国「種子法」※3は、中国国内の植物品種の育成、種子の生産経営や管理活動等について規律している。この「種子」は、農作物と林木の栽培材又は繁殖材を指し、これには実、果実、根、茎、苗、芽、葉、花などが含まれる(法第2条)。
同法に基づく主管部門は、植物の種類により異なる。農作物については農業農村部(元農業部)であり、材木については国家林業草原局(元国家林業局)である。また、品種管理の方法として、審査認定制と登記制が採用されており、審査認定又は登記を経ていない品種について、広告や販売を行うことはできない(法第23条)。
1.審査認定制(法第15条)
主要な農作物(稲、小麦、トウモロコシ、綿、大豆)と主要な材木の品種育成には、審査認定制が採用されている※4。すなわち、国又は省の主管部門での審査・認定を経て初めて中国全土又はその省行政区域範囲で普及させることができる。
2.登記制(法第22条)
主要でない一部の農作物※5の品種育成には、登記制が採用されている。すなわち、「非主要農作物登記リスト」に列挙されている品種については、普及前に省の主管部門に申請資料と種子サンプルを提出する必要があり、審査要件に合致した場合、国の主管部門に対して登記手続を行うことになる。
□ 品種権の取得
植物新品種とは、①人工的に育成され、又は発見された野生植物に改良を加え、②新規性、品種特性としての「特異性(Distinctness)、均一性(Uniformity)、安定性(Stability)」(DUS)、適切な名称を有する品種をいい※6、国の主管部門により品種権が与えられる。品種権の内容や権利帰属、権利付与の条件、具体的な出願・受理手続、権利保護の期限、無効等は、植物新品種保護条例(以下「条例」という)※7その他の法令で定められている。
新規性は、育成者自身又は同意による販売や普及が、中国国内においては出願日から遡って1年を超えていないこと、外国においては木本植物や蔓植物の場合は出願日から遡って6年を超えず、他の植物の場合は4年を超えていないことを指す。なお、2016年1月1日以降に公布される植物品種保護リストに新たに追加される植物の属又は種については、リスト公布日から1年以内に出願することを前提に、中国国内の販売や普及が出願日から遡って4年を超えない場合、例外的に新規性が認められる(法第92条6項)。
品種権は先願主義を採用しておりUPOV条約締約国の出願者が、中国での申請前12ヵ月内に外国で出願していた場合、優先権を有する(条例第8条、第23条)。また、品種権が付与された場合、蔓植物、材木、果樹と観賞植物の有効期間は登録された日から20年、他の植物の有効期間は15年間とされている(条例第34条)。
職務育成の場合、品種権は使用者に帰属し、委託育成や共同育成の場合、別段の合意がなければ、品種権は実際の育成者(委託育成の場合は受託者、共同育成の場合は共有)に帰属する※8ので、留意する必要がある。
□ 品種権の権利行使
品種権保護の法制度としては、主に種子法、植物新品種保護条例、主管部門が制定、公布した法令条例を実施するための実施細則、司法解釈などがある※9。
育成権者による権利行使の手段は、主管部門の行政摘発による救済、人民法院に対する訴訟提起がある(条例第39条)。具体的な救済措置の内容は、特許権等の知的財産権侵害の場合とほぼ同様である※10。
統計によると、2020年までの中国における品種権の出願は合計44,566件(農作物39,000件、材木5,566件)、権利付与は合計17,643件(農作物15,000件、材木2,643件)である※11。このように、出願及び権利付与は相当数存在するが、品種権侵害行為に対する権利行使について、特許や商標等に比べると、いくつかの難点がある。例えば、証拠収集が難しいこと(植物の季節性、侵害行為の隠匿性、関係者が主に農家である)、司法鑑定が困難であること(DUS周期が長い、種子サンプルの保存が容易ではない)、損害賠償額の算定が難しく、認定される賠償額も低くなる可能性があること等が挙げられる。
今後、これらの実務上の問題について、法律、条例、司法解釈等の改正が検討される可能性もあるため、引き続き動向に注目したい。
※1 UPOV条約は、新品種の保護要件、保護内容、最低限の保護期間、内国民待遇などの基本的原則を定めている。同条約は1968年に発効し、1978年と1991年に大きな改正がなされた。1978年の改正後の条約を「78年条約」、1991年の改正後の条約を「91年条約」という。91年条約には、保護対象植物の拡大、育成者権の強化などが盛り込まれている。中国と日本はともに同条約を締約しており、中国は78年条約の締約国、日本は91年条約の締約国である。
※2 中国「種子法」第28条、中国「植物新品種保護条例」第6条。
※3 種子法は、2000年に制定施行された(全78条)。その後、2004年と2013年に部分的な改正、2015年に大幅な改正が行われた(全94条)。主な改正内容は、品種の認定・登録管理、新品種保護体制、種子産業の監督管理強化であり、現行法は2016年1月1日より施行されている。
※4 種子法第15条、第23条、92条、植物新品種保護条例第5条参照。なお、「主要林木リスト」は2001年と2016年の2回に分けて施行されており、詳細は公表国家林業草原局のウェブページで公開されている。http://www.forestry.gov.cn/main/3954/index.html。
※5 主要でない農作物には、ジャガイモ、落花生、ゴマ、白菜、果樹、茶樹等がある。「非主要農作物登記リスト」は、農業農村部のウェブページで公開されている。なお、1回目に公開された非主要農作物登記リストは、http://www.moa.gov.cn/nybgb/2017/dsiqi/201712/t20171230_6133453.htm参照。
※6 種子法第25条、植物新品種保護条例第2条。
※7 植物新品種保護条例は、1997年3月20日に公布(国務院令第213号)、同年10月1日に施行され、2013年と2014年にそれぞれ部分的な改正が行われた。
※8 条例第7条1項、2項参照。
※9 主管部門の法令として、植物新品種保護条例(農業部分)(2007年9月19日農業部令第5号公布、2011年12月31日、2014年4月25日改訂)、植物新品種保護条例(林業部分)(1999年8月10日国家林業局令第3号公布、2011年1月25日改訂)がある。また、「司法解釈」としては、最高人民法院による植物新品種紛争事件についての若干問題の解釈(法釈【2001】5号)、最高人民法院による植物新品種権への侵害に関する紛争事件の法律適用についての若干規定(法釈【2007】1号)がある。なお、この二つの司法解釈について、いずれも2020年12月23日に部分的な改正が行われている。
※10 例えば、行政摘発による救済の場合、行政主管部門は、権利侵害行為の停止命令、違法所得や植物品種の繁殖材の没収、罰金等の行政処罰を科すことが可能である。権利侵害を理由として損害賠償請求訴訟を提起する場合、特許権侵害訴訟と同じく、一審は知的財産権人民法院/中級人民法院、二審は最高人民法院が管轄裁判所となる。また、法定賠償額は最大300万人民元とされている。