中国『環境汚染刑事事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈(2023)』
中国では、放射性を有する廃棄物、伝染病病原体を含む廃棄物、有毒物質又はその他の有害物質を排出し、投棄し、又は処分し、重大な環境汚染をもたらした者は、「環境汚染罪」として刑事罰が科される(『刑法』第338条)。
環境汚染犯罪の有罪認定や量刑の判断基準を全国で統一するため、中国の最高人民法院及び最高人民検察院(以下、併せて「両高院」という)は、2016年12月に『環境汚染刑事事件の審理における法律適用の若干問題に関する解釈』(法釈[2016]29号、以下「旧法釈」という)を公表した。その後、中国政府は、2017年から2020年にかけて、新たに『土壌汚染防止法』を制定したほか、『水質汚染防止法』、『大気汚染防止法』、『固体廃棄物環境汚染防止法』等の法改正を行い、汚染責任者、汚染対策、罰則など、環境汚染に関する法規制の整備・厳格化を行ってきた。
今般、法改正の内容を法釈に反映するため、両高院は、旧法釈を修正し、2023年8月8日に同名の司法解釈(法釈[2023]7号、以下「新法釈」という)※1を公表した。新法釈は2023年8月15日に施行され、旧法釈は同日廃止された。
新法釈は合計20条から成り、主に環境汚染罪に該当する行為、犯罪主体、有毒物質などへの刑法が適用される場合の解釈等を規定している。本稿では、旧法釈からの主要な変更点を簡潔に説明する。なお、特に表記しない場合、引用条文は新法釈の該当条文を指すものとする。
■ 環境汚染罪に該当する行為
『刑法』第338条では、放射性を有する廃棄物等を排出し、投棄し、又は処分するなどの行為により飲料水の水源、自然保護地、永久基本農地を汚染・破壊等し、又は多数の人に重傷、重大疾病、重大後遺症、死亡をもたらした場合、7年以上の有期懲役に処し、罰金を併科するとされている。そして、どのような行為が有罪と認定されるかについて、旧法釈では、18の具体的な行為※2が列挙されていた。
これに対し新法釈では、改正『水質汚染防止法』、『大気汚染防止法』などの規定に従い、有罪と認定される汚染行為の内容を変更したうえ、環境汚染罪の認定基準を細分化した。新法釈では、新たに、以下の下線に該当する行為が環境汚染罪に該当するものとされている(第1条(五)~(七))。
1. 暗渠、排水井戸、吸水坑、鐘乳洞、地下注入、非緊急情況における緊急排出路の開放※3等の監督管理を逃れる方法により、放射性を有する廃棄物、伝染病病原体を含む廃棄物、有毒物質を排出し、投棄し、処分した場合。
2. 重大な汚染天気についての注意喚起期間において、国の規定に違反し、二酸化硫黄や窒素酸化物等の排出総量基準を超えて、これらを排出し、2年以内に2回以上の行政処分を受けた場合、又はこれらに類する行為をした場合。
3. 汚染排出企業、汚染物質排出許可重点管理を実行する汚染物質排出企業※4が、自動監視測定装置のデータの改ざん・偽造又は自動監視測定施設の改造・干渉を行い、化学的酸素要求量、アンモニア性窒素、二酸化硫黄、窒素酸化物を排出した場合。
なお、上記2の2年以内とは、行政処分を受けた最初の違法行為の行政処罰の効力発生日から当該行為が行われた日までの期間を指し、上記3の汚染物質排出企業とは、所轄の生態環境主管部門が指定する汚染物質排出自動監視測定装置の据え付け、使用が義務付けられている企業を意味する(第19条)。
■ 仲介機関の虚偽証明書提供に関する刑事責任
中国『刑法』第229条では、「虚偽証明文書提供罪」として、資産評価、安全評価、環境影響評価などの職責を引き受ける仲介機関の職員が、虚偽証明書類を故意に提供し、情状が重い場合には有期懲役などの刑罰を受けると定めている。
中国では、汚染物質排出権取引において、資格のある仲介機関が作成する汚染物質排出報告書及びそれらの検証測定報告書などの提出が求められているところ、自動監視測定装置に関するデータの改ざん、偽造が行われるケースもゼロではない。この点に関して、新法釈では、①環境影響評価、環境モニタリング、温室効果ガス排出検査及び試験、排出報告書の作成や検証等の業務を行う仲介機関の職員が故意に虚偽証明文書を提供したこと、②その違法所得が30万元以上であること※5といった要件を満たせば、虚偽証明文書提供罪と認定される(第10条1項)。
■ 環境汚染犯罪の量刑軽減
旧法釈第5条では、汚染行為の実施者が、損失拡大の防止、汚染除去、すべての損害賠償、積極的に生態環境を修復する等の措置を取り、かつ初犯である場合に限って、刑事罰を科す場合に寛大な処理をすることができると規定している。
この点について、新法釈は、積極的に生態環境を修復する等の措置を取り、コンプライアンス体制の構築により是正をした場合、寛大な処理をすることができるとしている。なお、不起訴とされた場合でも、行政処罰や公務員の懲戒処分等の処罰を受ける必要がある場合、法に基づき主管機関に移送しなければならないとされている(第12条)。
■ おわりに
新法釈では、環境保護関連の法改正内容との整合性を取るため※6、多数の修正が行われている。新法釈に規定された環境汚染犯罪の有罪認定や量刑の基準によれば、今後の環境汚染の刑事事件の数も増加するものと考えられる※7。
一方で、最高人民検察院は、2020年3月以降、コンプライアンス体制が構築されている企業による法人犯罪の場合、一定の要件を満たせば責任者に対して不起訴の決定を下すとの通達を公表している。さらに、2021年4月には『企業コンプライアンス改革に関する試行工作方案』を公表し、同年6月に『企業コンプライアンスにおける第三者監督評価体制の設立に関する指導意見(試行)』及びその実施規則等の関連規定を公布し、刑事コンプライアンス制度の構築を推進している。
近年の環境保護関連の法改正等を踏まえると、環境分野についても、コンプライアンス体制を構築することが重要であろう。
※1 https://www.court.gov.cn/fabu/xiangqing/408592.html
※2 例えば、危険廃棄物3トン以上を違法に排出し、投棄し、又は処分した場合、重金属(鉛、水銀、カドミウム、クロム、ヒ素、タリウム、アンチモン)を含む汚染物質を排出し、投棄し、又は処分し、国又は地方の汚染物排出標準の3倍を超えた場合、ニッケル、銅、亜鉛、銀、バナジウム、マンガン、コバルト計7種類を含む汚染物質を排出し、投棄、又は処分して、国又は地方の汚染物質排出標準基準の10倍を超えた場合が挙げられている(旧法釈第1条)。
※3 『大気汚染防止法』第20条第2項を参照されたい。
※4 『汚染物質排出許可管理条例』(2021年3月1日施行)第20条では、汚染物質排出許可管理実行の範囲と類型が定められている。汚染物質を排出する事業者は、「汚染物質排出許可証」の取得が必要であり、その汚染物質の発生量、排出量、環境への影響などに基づいて、排出先を分類して管理される。そのため、当該事業者は、法に従い汚染物質排出自動監視測定装置を据え付け、使用し、保守し、かつ生態環境主管部門の監視設備ネットワークと接続しなければならないとされている。
※5 なお、『公安機関の管轄下にある刑事事件の立件追訴基準に関する規定(二)』第73条は、虚偽の証明文書を提供し、その不法所得額が10万元以上である場合、立件・追訴しなければならないと規定している。しかし、「環境汚染罪」の刑事立件基準は、不法所得や公私の財産損失が30万元以上の場合であるとされている(第1条第9項)。そのため、新解釈では、環境分野における虚偽証明文書提供罪の刑事立件基準を「環境汚染罪」の立件基準に合わせた調整が行われた。
※6 例えば、第17条第(一)は、「危険性を有する廃棄物」という表現を「危険性を有する固体廃棄物」に修正し、2020年に改正された『固体廃棄物環境汚染防止法』の表現と一致させた。また、2021年1月1日、『固体廃棄物の全面的輸入禁止に関する公告』の施行以降、中国は固体廃棄物を原材料とする輸入を全面的に禁止しているため、当該固体廃棄物を合法的に輸入することはできなくなっている。『刑法』第339条第2項で規定されている固体廃棄物無断輸入罪は、実際には適用される余地がないため、新法釈からは関連する規定が削除されている。
※7 2023年6月5日最高人民法院が発表した「中国環境資源裁判(2022)」によれば、2018年~2022年、中国全土の裁判所で結審した環境汚染刑事事件は計11880件、確定判決で刑事罰を受けた人数は計24756名となっている。https://www.chinacourt.org/article/detail/2023/06/id/7326244.shtml