中国本土の民商事判決の香港における承認と執行に関する新規定
中国最高人民法院と香港特別行政区政府は、2019年1月18日に「内地と香港特別行政区の法院が民商事判決を相互に承認及び執行することに関する措置」と題する協定書(以下「2019措置」という)に調印した。2019措置によるとその発効日は、中国最高人民法院による司法解釈の発布と香港特別行政区による関連手続の完了後、双方により公布される、としている(2019措置第29条)。これを受け、香港特別行政区政府は、2022年10月26日に『内地民商事判決(相互強制執行)条例』※1(2024年1月29日施行予定、以下「条例」という)及びその規則を採択した。
条例は全36条からなり、香港において強制執行可能な中国本土の民商事判決の登記手続及び香港の民商事判決を中国本土において承認・執行するための香港裁判所に対する証明書発行手続等が定められている。
本稿では条例の概要を簡単に紹介する。なお、特に表記しない場合、引用条文は条例の該当条文を指すものとする。
n 香港で執行可能な中国本土の判決
(1) 判決の種類
条例では、「中国本土の民商事判決」に該当するためには、以下のような要件を満たす必要があるとされている(第3条、第5条から抜粋)。
1.民商事事件の確定判決であること。
2.刑事事件の確定判決の中で、補償又は損害賠償が命じられている部分。
3.一部の知的財産権侵害事件に係る確定判決であること。
上記1.には、中国本土の人民法院が下した民商事判決、裁定、調停又は支払命令は含まれるが、民事保全手続(仮差押、仮処分)に関する決定は含まれない(第2条)。上記3.には、著作権、商標、地理的表示、意匠、集積回路配置図設計、営業秘密、植物新品種に関する権利侵害事件は含まれるが、発明特許、実用新案に関する侵害事件、標準必須特許ライセンス料率に関する事件等は含まれない(第7条1項)。
さらに、破産・清算手続、家事・人事訴訟事件、相続・遺産管理・遺産分割に関する事件、海事事件、仲裁合意の効力確認・仲裁判断の取消しに関する事件、専属管轄などについての中国本土の判決は、条例の適用対象外とされている※2(第5条~第7条)。
(2) 執行条件
香港で執行可能な中国本土の判決は以下の条件を満たす必要がある(第10条)。
1. 条例の施行日(2024年1月29日)以降に下された確定判決であること。
2. 債務者(対象判決での被告)に対して、金銭の支払い又はある行為の禁止・制限をすることが判決に明記されていること。
3. 債務者が、登記申請日に先立つ2年間※3に、判決を履行していないこと。
4. 債務者が、登記申請日までに、判決の未履行につき救済措置を講じていないこと。
上記2.金銭の支払義務又は行為(禁止/制限)の起算日については、判決に債務を履行する日(行為を禁止/制限する日)が明記されている場合はその日、明記されていない場合は確定判決の発効日とされている(第12条)。
n 香港における中国本土判決の執行申立手続き
条例は、中国本土の確定判決を香港において承認・執行するための申立手続を詳しく定めている。まず、申立人(対象判決で確定した債権者)は、香港原訴法廷に登記令の申請書類※4を提出し、登記費用を支払い、登記通知書を受領する。次に、申立人は登記通知書を被執行人(債務者)宛に送付する(第13条)。登記通知書が発行され、かつ、後述の登記取消事由に該当しないと判断された場合、香港原訴法廷は、別途審理することなく、直接、強制執行を行うことになる(第26条)。
他方で、債務者の為の不服申立手続も設けられている。被申立人は、上記登記通知書が送達された日から14日以内又は香港原訴法廷の指定する期限内に、登記の取消申請を香港原訴法廷に提出することができる(第21条)。主な登記取消事由は、以下のとおりであり、当該事由が認められれば、登記は取り消され、強制執行を行なわないものとされている(第22条1項)。
1.条例の登記に関する規定が遵守されていなかったこと。
2.登記された判決の被告が、中国本土の法律に基づき、適法に訴訟参加できず、または訴訟参加したが十分な陳述や弁論の機会が与えられなかった場合。
3.登記された判決が詐欺的手段によって取得されたものである場合。
4.香港で同一紛争について、既に審理が行われ又は香港法院の判決がある場合。
5.香港以外の他の国又は地域の法院が既に同一紛争について判決を下し、当該判決について香港法院又は法廷の承認又は強制執行が行われた場合。
6.同一紛争について既に仲裁判断を下し、香港で当該判断が承認又は強制執行を行っている場合。
7.登記された判決の強制執行が香港の公共の利益に著しく反する場合。
上記のように、同一紛争について、中国本土と香港の双方が管轄権を有する場合、重複した強制執行の申立ては認められない。実務的な対応として、裁判手続の効率、費用、結果、強制執行の実効性などを考慮して裁判地を選択する必要があると考えられる。
n おわりに
条例は、香港において「2019措置」を実施することを目的としているものである。中国本土においても、近日中に、香港法院が下した判決の承認・執行に関する最高人民法院の司法解釈が公布されるものと予想される。
※1 https://www.gld.gov.hk/egazette/pdf/20222644/cs12022264411.pdf
※2 なお、条例の適用対象外の中国本土の判決・仲裁判断であっても、中国本土と香港特別行政区で別途締結された取り決めに基づき相互承認・執行を求めることが可能である。これまで調印された取り決めとして、例えば、以下のようなものがある。「最高人民法院と香港特別行政区法院の破産手続の相互承認と協力に関する会談紀要」(2021年5月14日発効)、「婚姻家庭民事事件の判決の相互承認と執行に関する取り決め」(2022年2月15日発効)、「香港特別行政区の仲裁判断相互執行の手配」(2000年2月1日発効)、「内地と香港特別行政区の仲裁判断相互執行に関する補充手配」(2020年11月17日一部発効、2021年5月19日一部発効)。
※3 「2019措置」第10条では、相互の承認及び執行の申立期限について、「被申立側の法律規定に基づく」ものとされている。当該規定に基づき、中国本土の人民法院が下した確定判決について、香港に承認・執行を申し立てる期限は、判決で明記された債務履行日から2年間となる(中国『民事訴訟法』第239条)。これに対し、香港で下された確定判決について、中国本土に承認・執行を申し立てる期限は、債務履行日から6年間となる(香港『時効条例』第4条)。
※4 申請書類に、判決を下した人民法院による確定判決である旨の証明書類があれば、登記手続がスムーズに行われると考えられる(第13条2項)。