「反外国制裁法」が外商投資企業に与える影響及び対処法についての提案
2021-06-24序文
2021年6月10日、「中華人民共和国反外国制裁法」(以下、「反外国制裁法」とする。)が第13期全国人民代表大会常務委員会第29回会議において正式に可決され、即日その効力が生じ、施行された。中国商務部が以前公布した「信頼できない実体のリストに関する規定」及び「外国の法律及び措置の領域外での不当な適用の阻止に関する弁法」よりも「反外国制裁法」の方が法律上の等級が上であり、法的効果も相対的により明らかになっている。
それでは、「反外国制裁法」は、中国で活動する多くの外商投資企業にとってどのような影響をもたらし、どのように対応すべきなのか。
本文では、実務上の角度から、この問題について議論し分析していく。
一、「反外国制裁法」の制定が外商投資企業に与える影響 外商投資企業が報復措置リストに加えられること、又は関わり合いになることで取られる制限禁止措置 「反外国制裁法」第3条及び第4条では、外国が中国の公民又は組織に対して制定、決定、実施した差別的制限措置について、個人又は組織が直接若しくは間接的に関与した場合、国務院の関連部門は、それらを報復措置リストに加えることができると定めている。このように、報復措置リストに掲載可能な範囲は事実上非常に広大であり、中国の公民又は組織に対して外国が取った差別的制限措置に関係がありさえすれば、全ての個人又は組織が国務院の関連部門により報復措置リストに加えられる可能性がある。よって、外商投資企業がこの差別的制限措置にある種の関連性がある場合、報復措置リストに加えられ、報復措置を取られる可能性があると考えられる。 「反外国制裁法」第5条では、次のように定められている。報復措置リストに加えられた個人又は組織の外、国務院の関連部門は、次に掲げる個人又は組織に対し、報復措置を取ることを決定することができる。 1. 報復措置リストに加えられた個人の配偶者及び直系親族 2. 報復措置リストに加えられた組織の高級管理職又は事実上の支配者 3. 報復措置リストに加えられた個人が高級管理職に就いている組織 4. 報復措置リストに加えられた個人又は組織が事実上支配している、又は設立、経営に参加している組織 つまり、外商投資企業そのものが報復措置リストに加えられていなくとも、その外商投資企業の高級管理職や事実上の支配者、又は設立、経営に参加した者が報復措置リストに加えられれば、その外商投資企業も同様に巻き込まれて報復措置を取られることになる。 報復措置については、「反外国制裁法」第6条により、次のものを含むと定められている。 1.ビザの発行禁止、入国禁止、ビザの取り消し、又は国外追放 2. 中国国内の動産、不動産、又はその他の各種財産の差押、押収、凍結 3.中国国内の組織、個人との取引、提携等の活動の禁止又は制限 4. その他の必要な措置 このように報復措置は非常に厳格であり、外商投資企業が報復措置を取られた場合、日常の生産経営活動は非常に大きな影響を受けることになる。 第一に、外商投資企業は、海外資本という背景があるため、その高級管理職や事実上の支配者、又は設立、経営に参加する者が外国の組織や個人であることが多く、もしも報復措置を取られた場合、それらの者がビザを取得できないため入国できず、外商投資企業の生産経営に参加できなくなる。 第二に、外商投資企業の財産の多くは、中国国内にあり、取引先や提携先も中国国内の組織や個人であることが多く、その保有する各種財産を支配できず、各種取引活動や提携活動を円滑に行うことができない場合、外商投資企業は莫大な経済損失を被ることとなる。 外商投資企業が所定の義務を履行しない場合に追及される法的責任 「反外国制裁法」第11条及び第12条では、外商投資企業が履行すべき2つの義務が定められている。 1. 外商投資企業は、国務院の関連部門が取る報復措置を実行しなければならない。 2. 中国の公民又は組織に対して外国が取った差別的制限措置を実行若しくは実行支援してはならない。 この2つの規定は、外商投資企業に対しコンプライアンス上の困難を生じさせる可能性がある。 属地主義の原則により、外商投資企業は、中国国内で登記登録した会社として、「反外国制裁法」を遵守しなければならないため、上記2つの義務を履行する必要があり、履行しない場合、相応の責任を負わねばならない。その責任は、行政上の責任については、国務院の関連部門により、関連活動の制限や禁止等の処分を受ける。また、民事上の責任については、侵害された中国の公民又は組織により人民法院に提訴され、侵害の停止や損害賠償を求められる。 もう一方で、保護主義、自国中心主義、パワーハラスメントが蔓延しており、アメリカを始めとする一連の国の制裁政策が有する領域外管轄権により、中国の外商投資企業に対してその制裁政策の遵守を要求し、遵守しない場合はその外商投資企業とその国外の親会社全てが処罰される可能性がある。例えば、2013年5月、アメリカのStanley Black & Deckerグループが60%の持分買収により江蘇国強工具有限公司を支配した。その後、江蘇国強工具有限公司は、2013年6月29日から2014年12月30日までの間に、23隻分の貨物(電動工具及び部品)をイラン向けに輸出又は輸出を計画し、これについてOFAC(アメリカ財政部所属の海外資産支配事務室)は2019年3月、Stanley Black & Deckerグループと江蘇国強工具有限公司に対し処罰を与えた[1]。一国の制裁政策が領域外管轄権を有するかについては争いがあるところだが、制裁政策の処罰を避けるため、国外の親会社は通常、支配権の行使やコーポレートガバナンス等の私法ルートにより、他国の子会社に制裁政策を守らせる。その際、外商投資企業は、中国の「反外国制裁法」を遵守する一方で、同時に他国の制裁政策も遵守しなければならないという、コンプライアンス上の困難に陥る。 二、外商投資企業の対応についての提案 (1)立法の動向を緊密に見守ること 全体的に見ると、「反外国制裁法」は、原則性及び包括性に特徴があり、差別的措置とは何か、直接又は間接的な参加とは何か等の重要な問題についての明確な定めがなく、引き続いて実施細則や典型事例が順次発表されることが予想される。外商投資企業は、関連立法の動向を緊密に見守り、自身の行為を「反外国制裁法」及び関連する法律規定に適合させ、報復措置リストに加えられるリスクを避けなければならない。また、これらの立法の動向を企業の国外のグループ本部のコンプライアンス部門に速やかに報告し、コンプライアンス部門の指導や支援を適時に求めることを提案する。 (2)社内のコンプライアンス研修を強化すること 外商投資企業は、中国における海外資本による中国子会社内部のコンプライアンス研修を強化すべきである。とりわけ、その高級管理職、事実上の支配者、又は設立、経営に参加する者に対し、その行為を「反外国制裁法」の関連規定に適合させ、外商投資企業が巻き込まれて報復措置を取られることを避けなければならない。 その他、外商投資企業、特に多国籍企業は、グローバルビジネスの角度から、「反外国制裁法」及び以降公布される一連の規定が企業グループ全体にもたらす影響を十分に重視し、「反外国制裁法」に対するコンプライアンス研修の要求をグローバルコンプライアンス戦略の一部として速やか且つ正確に伝達し、国外の関連会社、特に国外の企業グループ本部が「反外国制裁法」の関連要求を理解していないことによりグループの海外業務戦略が「反外国制裁法」の関連規定に違反したとみなされ、それにより「反外国制裁法」の関連する処罰制度に抵触し、更に報復措置リストに加えられ、中国ひいては全世界での経営活動に極めて深刻な影響を与えることを防がなければならない。 また、外商投資企業は、国外のグループ本部の現在のグローバル貿易コンプライアンス制度及び体系を参考に、中国現地でのコンプライアンス体系を構築すべきである。外国の中国に対する遮断措置に対抗するために中国が取る対抗措置、報復措置に関する立法体系が徐々に構築され整備されて行くに従い、現在の外商投資企業の貿易コンプライアンス制度及び体系は、中国のこれらの法律規定に抵触することが多くなる。多国籍企業等が従来の規定を適用し続けるのであれば、中国法の適用に関する抜け穴により想定外の法的リスクを招く可能性がある。 最後に、外商投資企業は、これらの中国に適合したコンプライアンス体系に基づき、リスクスクリーニング検査文書(中国の報復措置リスト内の実体に関する情報をリアルタイムで共有し更新することを含む。)、個別の取引に関するリスク評価文書等を含む、中国の現地化されたコンプライアンス文書を制定し、「反外国制裁法」を重要なリスク評価項目として取引のリスク評価体系の中に組み込み、日常の企業の経営活動において実際に実行すべきである。 (3)コンプライアンス上の困難に直面した時は「反外国制裁法」の遵守を優先すべき 「反外国制裁法」の中の外商投資企業が遵守する義務のある規定は、強制規定であり、属地主義の原則により、中国で活動する全ての外商投資企業は、必ず遵守しなければならない。他国の制裁政策を遵守しなければ、処罰されるリスクがあるかもしれないが、「反外国制裁法」立法の目的から考えると、そのリスクと比べ、外商投資企業が「反外国制裁法」を遵守しなかったときに被る代価はとても深刻なものであり、このことは、全ての外商投資企業が十分注意すべきことである。 その他、中国で以前公布された「外国の法律及び措置の領域外での不当な適用の阻止に関する弁法」第11条の規定では、外商投資企業が関連する外国の法律又は措置を遵守せず、重大な損害を受けた場合、中国政府の関連部門は、具体的な状況に応じて必要な援助を与える、と定められている。この条文では、必要な援助とはどの程度のものなのか明確ではないが、外商投資企業は、これによりある程度の損害を減らすことができる。これらの要素を考え合わせ、コンプライアンス上の困難に直面した場合は、「反外国制裁法」の遵守を優先することを外商投資企業に提案する。 三、まとめ 「反外国制裁法」は、中国初の法律レベルでの報復措置を定めた立法であり、重大な影響が生じることは必定である。「反外国制裁法」の制定により、中国の基本的国策である対外開放の継続に変化があるわけではない。この法律は通常の市場主体を対象としているのではなく、中国の利益を侵害する一部の国の行いに対抗するためのものである。外商投資企業にとっては、法律の境界線をしっかりと意識し、リスクの防止に注意すれば、コンプライアンス経営は安定して長期的に発展することとなるに違いない。 注释 [1]郭華春:「アメリカ経済制裁法による『非アメリカ人』管轄に対する批判分析」,「上海財経大学学報」2021年2月第23巻第1期第134頁に掲載。